矢野アカデミー

バンクーバー新報投稿エッセイ

外から見る日本語 191


「記念」と「紀念」
    新渡戸紀念庭園の
     「紀念」は素晴らしい

 

数年前から、あるきっかけで新渡戸稲造にのめり込みました。日本に
行ったときは、彼の生まれ故郷の盛岡まで足を延ばしたり、ゆかりのある
伊豆・下田を訪れたりしま
した。そして去年は台湾まで、新渡戸稲造
の胸像にハグしに行ってきました。

ですから、当然UBCの大学構内にある新渡戸ガーデンには何度も
足を運んで
います。庭園の入り口の前で何枚も写真を撮りました。
でも最初のころは気がつき
ませんでしたが、友人から入り口の看板の
漢字について質問を受け、気になりました。
「新渡戸紀念庭園」です。
普通は「記念」と書きますが、「紀念」になっています。

   

 日本の観光客から、あの漢字は間違っているのでは、と指摘された
話も聞きました。早速いろいろ調べてみました。
明治や昭和初期は「紀念」も「記念」も同じような意味として両方
使っていたようです。
でも昭和21(1946)の当用漢字設定のころから、文化庁の指導
もあり、「記念」が一般的になって、「紀念」はほとんど使われなくなり
ました。現在の大部分の辞書には「紀念」は載っておらず、
さらに「紀念」を誤用として載せてある辞書もあります。世代にもより
ますが、確かに「紀念」は馴染みがなく、古風な感じがしますね。


 今の新渡戸ガーデンは昭和35(1960)に完成しました。この時は
すでに「記念」が一般的になっており、なぜ「紀念」の漢字を使ったのだろ
うか、という疑問が湧いて
きました。そして去年台湾を訪れたとき、
孫文の「國父紀念館」や「中正紀念堂」など見学しましたが、漢字は
すべて「紀念」になっていました。案内してくれた台湾の生徒いわく、
両方ありますが、台湾ではほとんど「紀念」を使っているとのこと。


 さらにバンクーバーの中国出身の友人にも聞いたところ、何となく使い
分けており、例えば結婚紀念日などは「紀念」、でも単なる記念品など
は「記念」、そんなイメージで、個人差もありますが、間違いなく「紀念」
のほうが、心や気持ちが入っている感じがするとのこと。 
うーん、なるほど。大いに納得である。


 実は、いろいろ調べているうちに、新渡戸稲造のこんな本が見つかりま
した。1898(明治31)彼が36歳のときの著書「農業本論」の
冒頭に 「亡母の紀念に此の書を捧ぐ」と記してあり、
「紀念」を使っています。なるほど、当時は日本でもちゃんと使い分けて
いたのでは、と感じました。


 末っ子の稲造は母親の愛情を強く受けて育ちました。そして札幌
農学校のとき、母の死に目に会えなかったことが大きな後悔でした。
そんな母への思いがこの「紀念」という漢字を使ったのでは、と思えてなり
ません。そしてそれを踏まえて、この庭園の設計者も
「新渡戸紀念庭園」としたのでは、こんな思いを募らせています。

「紀念」素敵ですね。中国や台湾ではこの「紀念」のほうが主に
使われていますし、日本でも昔は天然紀念物や紀念碑などのように、
使っていたようです。
でもなぜ、この漢字「紀念」を使わないようにして
しまったのか、日本語教師としてはとても残念です。

ここで「外から見る日本語」はしばらく休みをいただき、来月から
カナダで出会った新渡戸稲造」と題して、数回掲載することになり
ました。
新渡戸稲造にのめり込んだ「きっかけ」や国際連盟での活躍、
そして台湾との
関係など、その知られざる魅力に迫ります。
ご期待ください。

       
 台湾の許文龍氏より寄贈 (2014年)     石灯籠(1935年日本で作成)

      
    新渡戸稲造 21歳の決意          その架け橋の上にて


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